5分でわかる『孫子の兵法』

読む前に押さえておきたいポイント


  ・著者 孫武(BC535-?)
  ・国籍 呉(古代中国)
  ・職種 武将・思想家
  ・出版年 諸説あり


現代における評価

中国における代表的な兵法書群『武経七書』の筆頭に挙げられ、中国はもとより洋の東西を問わず、軍事面だけでなく思想書としても大きな影響を与えてきました。

ナポレオン・ボナパルト東郷平八郎も愛読したといわれています。

現代においても、軍事面では近代戦略理論である「ゲーム理論」との類似性から、思想面では組織の統率法をビジネスに活かそうとする向きから、広く注目されています。

主な日本語訳

浅野裕一講談社文庫(1997年)日本語訳の中で最も原型に近い
金谷治岩波文庫(2000年)新資料との照合を経た新訂版
許成準訳彩図社(2011年)いわゆる超訳


構成とおおまかな内容

まずは、全体の流れを把握することが肝要です。

孫子の構成は、13篇からなり、その13篇は、大きく4つに分類することができます。

総説開戦の前にすべきこと1.計篇
2.作戦篇
3.謀攻篇
戦術原論軍隊の態勢作り4.形篇
5.勢篇
6.虚実篇
各論1軍隊の運用法7.軍争篇
8.九変篇
9.行軍篇
10.地形篇
11.九地篇
各論2特殊な軍隊の運用法12.火攻篇
13.用間篇
このように、戦争観や戦闘に対する心得が中心に書かれた前半部から、段々と具体的な戦略や戦術へ移行していきます。


孫子の一節として有名な表現は多々ありますが、「どの篇で述べられている」が抜けてしまうと、だいぶ印象が異なります。

以下に各篇の要諦と有名な一節を引用していきますので、あわせて確認をしてみて下さい。


1.計篇 開戦の前によく熟慮すべきことについて。

兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。

(※戦争は国家にとって重大事であるから、熟察しなければならない。)

軽々しく争いを起こすことを戒めつつも、争いを現実的に捉える。まさに『孫子』の大綱を表す冒頭の一文です。


2.作戦篇 戦争を行うために必要な費用や動員補充に対する認識の重要性について。

兵は拙速を聞くも、いまだ巧久を睹ざるなり。

(※戦争を拙く切り抜けた例はあっても長引いて上手くいった例はない。)


3.謀攻篇 戦闘に拠らず、外交や謀略で勝利を収める方法について。

国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。

(※敵国に損害を与えずに降伏させるのが最上であり、敵国を破滅させて降伏させるのは上策とはいえない。)


4.形篇 各状況で適した態勢を作ることが重要について。

善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ

(※戦巧者は、まず敵に負けない態勢を整えた上で、敵に勝てる状況を待った。)


5.勢篇 軍隊には勢いがあり、その勢いを活用する方法について。

…勢に求めて人に責めず、故に善く人を択びて勢に任ぜしむ。

(※戦巧者は、個々の人材の能力を頼らず、軍全体の勢いを考える。)


6.虚実篇 虚は隙、実はその逆。いかにして「自軍の実で敵軍の虚を突く」か。

戦いの地を知り戦いの日を知れば、則ち千里にして会戦すべし。

(※開戦の場所と日時を事前に察知していれば、様々な対策が取れる。)


7.軍争篇 戦場に先着し地の利を得るための方法について。

其の疾きこと風の如く、其の徐なること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷の震うが如く…

甲斐武田軍の旗印として有名な一文ですが、省略されている文と書かれている篇からも、これは「軍争(=先着争い)」に勝つための作戦行動であることがわかります。


8.九変篇 軍の統率者が機に臨んで応変するべき9つのこと。

高陵に向かうこと勿かれ -高い丘など高地の敵を攻めてはならない。
背丘に逆うること勿かれ -丘を背に待ち受ける敵を攻めてはならない。

などの9つです。


9.行軍篇 行軍中の注意事項や同時に行うべき敵情把握について。

凡そ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賎しむ。

(※軍隊の駐屯には、低地ではなく高地で日当たりがよい所が好ましい。)


10.地形篇 統率者の地形に対する対処について

地を知り、天を知れば、勝乃ち全うすべし。

(※土地の状況を知り、気象を把握していれば、勝利は万全である。)

この文は、謀攻篇にある「彼を知り、己を知れば、勝乃ち危うからず」という一文と対になっています。実は『孫子』にはこういった文学的な表現も少なくありません。大きな魅力の一つです。

11.九地篇 兵士の心理に影響を与える、9つの土地環境について

散地 (自国の領土)兵士が離散しやすい地域のため戦ってはならない。
泛地 (山林や沼地など)奇襲に弱い地域のため早く通りすぎるほうがよい。

などの9つです。


12.火攻篇 火攻め戦術の有用性と戦後処理の重要性について。

火を以て攻を佐くる者は明なり。水を以て攻を佐くる者は強なり。

(※水攻めは、労力や時間が掛かるが確実な効果が見込める。火攻めは、瞬時に決するため、指揮官の情勢分析・判断力・計画性などが求められる。)


13.用間篇 情報の価値と味方及び敵の間者(スパイ)に対する対応について。

三軍の親は間より親しきは莫く、賞は間より厚きは莫く…

(※最も大切にすべきは間者であり、最も厚い恩賞を受けるべきも間者である。)

ビジネス書などで引用されることが多い篇です。孫子が情報の重要性を強く意識していることがわかります。




参考までに、


この浅野裕一訳は、最も古い形と思われる前漢武帝時代の竹簡文に基づいています。但し、全文解説ではなく、一部抜けている箇所があります。


最もスタンダートなのが、この岩波文庫金谷治訳だと思います。原文・読み下し文・現代語訳に平易な注を加え、巻末の重要語句索引も便利です。たしかワイド版もあったと思います。


いわゆる超訳ですが、過不足ない印象です。孫子の名言集などの一部分だけをピックアップした類の本と比べると遥かに面白いかと思います。